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  • 執筆者の写真Junichi Nagai

【連載】「私のピアサポート!2022.1月号」

◉今回の投稿者◉

木村邦弘(一般社団法人北海道ピアサポート協会 監事)


テーマ:「ピアサポート」は生きる支え


 私にとって「ピアサポート」はまさに生きる支えです。とりわけ、現在後期高齢の満76才のうち、55才以降の晩年20年間は、私と家族にとって耐え難い困難に直面しました。

何とか乗り越えられたのは、そこに「ピアサポート」があったからに他ありません。


 先ず最初の試練は、20年前に当時51才の妻が、同居していた私の母の認知症の介護

疲れから「心因性うつ症状」を発症し、その後も症状が進行し2年後には「若年性アルツハイマー(認知症)」と診断されました。当時は介護サービスが始まったばかりで、40代・50代で発症する「若年性認知症」については精神科や役所の介護福祉課でも殆ど理解されていないため、「この病気は5年で寝たきりになり7~8年で亡くなる」とか「介護保険サービスは65才以上の高齢者が対象で若年は対象外」とか、誤った情報が広まっていました。


 そこで若年認知症の人と介護家族及び支援者60人によって2006年に「若年認知症の人と家族の会(北海道ひまわりの会)を立ち上げ、当事者同士の悩みの交流・相談や医療・制度の理解・改善要望を進めてきました。今年で創立15年を迎え、全道で300人を超える組織に発展しています。この認知症当事者(ピアサポート)活動に支えられて、妻は4年前に70才で亡くなるまで18年年余を自分らしく生きることができました。

 

 しかし、私と家族の最大の試練は7年前の2月に、当時精神障害者の自立支援施設で働

いていた息子(当時35才)が突然支援対象者によって刺殺された事件です。加害者は、

心神喪失で責任能力を問えず不起訴となり、裁判も開かれず「医療観察法」の治療対象者となり、本年処遇が終了しましたが、詳しい状況は一切知らされていません。幸いにも、事件直後から、北海道精神保健福祉士協会や皆さんの北海道ピアサポート協会のご支援・ご協力により、医療観察法被害者の尊厳と「知る権利」の保障を求めて活動を進めています。

 

 そして、私にとって3つ目の「ピアサポート」との出会いは、6年前に発症した「胃がん」の闘病体験です。息子の事件と妻の認知症介護の精神的ストレスの影響もあってか、全く思いがけず「胃がん」でステージ3を宣告され頭が真っ白になりました。結果的に胃を3分の2切り取り抗がん剤治療によって、5年間の観察期間を経て昨年12月で完治しました。このことは主治医や病院関係者の力によるものですが、もう一つ私が強く感じたことは、患者同士の交流・情報交換による「ピアサポート」の力です。私の病室で大腸がんの男性患者が自分の病状と治療についてオープンに他の患者に話し、積極的に情報交換することで、病室全体に「がんと向き合う」状況が生まれました。

 

 このように私の人生経験から、「ピアサポート」は生きていく上で無くてはならないものですが、このことは何か難しいことを考えたり、新しい組織をつくることではなく、今自分が困っていること、悩んでいることを話すことで、必ず周りに同じ思いの人がいて、一緒に歩いて行けるものです。これからも、それぞれの「ピアサポート」で頑張りましょう。

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