【WEB連載】「私のピアサポート!2022.11月号」

◉今回の投稿者◉


澤口 篤/江別すずらん病院(北海道ピアサポート協会)/札幌市

タイトル:私にとってのピアサポート 「ピアサポートってなんだ?」

 

僕はちょっと変わっていて、34歳で医療福祉の職業に就きました。

現在は、札幌の隣町の江別市にあります精神科病院のデイケアとグループホームの管理者兼スタッフとして働いています。

その昔、大学を卒業するころ、何をして良いのかわからず、それまではプロのスポーツ選手になりたくて生きてきたものですから、急に働けと言われても困っていました。しかし、働くなら自分の命も惜しまずに人を助ける仕事がしたいと、消防士(レスキュー隊)になりたいと思っていました。見事に筆記試験では箸にも棒にもかからない状態でした。体力試験のみならトップ合格していたはずです。でも仮に僕が消防士になっていたら、忘れものや無くし物が多くて仕事にならなかったでしょう。最近も、職場に行く際に「行ってきます」と家を出て「あ、職場のカギを忘れた!」と忘れものに気が付いて取に戻り、出発し、また次は「携帯忘れた!」と取りに戻り、次に「名札忘れた!」と取りに戻りを繰り返し・・・

合計4回も忘れ物を取りに帰ったというエピソードがあります。最近は、忘れ物をしても「まあ、いいか」と開き直り、取りに戻りません。

他にも苦労や苦手が多いです。

期限や予定、片付け、正確に物事を進める、ルールを守る、安心した人間関係をつくることが苦手など、もっとたくさんあります。財布も今までに記憶しているだけで7回も失くしています。すごく怒られます。でも「気が付いたら無い」のです。

こんな僕がどうして働けているのか自分でも不思議でたまりません。

僕の苦労に対し、多くの方はきっと「だらしのないやつ」、「みんなは当たり前にできるのに」、「なぜそうなるのか不思議でたまらない」などと思うはずです。実際に言われましたし、そんな一言では解決できない「僕の不思議な苦労たち」です。

僕が働き続けられるのは運がいいからだと思っています。そして、いつも人や何かに助けられています。本当に不思議です。ありがたいです。

僕は中学生の時、好きな科目と嫌いな科目の差が大きく、ある日、数学のテスト用紙が返ってきました。点数を見て落ち込んでいたら、隣の席のO君が「お前何点だった?」と聞いてくるので「俺は20点だ」と答えました。すると彼は「俺なんか15点だ!!」笑いながら言うのです。その時、「俺たち仲間だな」と大笑いしたのを、今でも鮮明に覚えています。それから苦手な科目の点数が悪くても気にならなくなりました。そして仲間と点数を言い合って笑いあうのが恒例となりました。すぅーと気持ちが楽になったのを覚えています。今考えると、自分らしさを取り戻せた気分になったのだと思います。

それから数十年経ち、専門職養成学校に入り精神保健分野を学びます。ある科目の教科書に「ピア」「ピアサポート」「ピアカウンセリング」という言葉が出てきました。「ピア」とは「仲間」「対等」「同僚」という意味で、近年では精神科リハビリテーションに有効であると習いました。

僕は苦労や失敗している人が大好きです。もう一人の自分がいる様で、なんだか安心し温かい気持ちになります。そっと手を差し延べたくなります。

きっと、僕の周りの仲間たちも僕がそう感じた様に、僕に親切にしてくれたり、見守ってくれたり、助けてくれていたのです。様々な分野で「仲間を助ける、自分を助ける」が広がっていきます様に!!

まとまりのない長文ですが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

澤口 篤





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